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軍師官兵衛 キャスト 谷原章介演じる竹中半兵衛とは?
軍師官兵衛の第2話が放送となりました。
当分は官兵衛(岡田准一)を中心とした播磨国(兵庫県)の動向と、織田信長(江口洋介)の動向を描いていくようです。
官兵衛の未来の主人である秀吉(竹中直人)とそれを支える人たちもぼちぼち登場し始めています(蜂須賀小六(ピエール瀧)とか)。
で、第2話で登場した重要人物・竹中半兵衛(谷原章介)。
谷原章介さん
竹中半兵衛は後に官兵衛の師匠となる人物です。
竹中半兵衛はとにかく頭がいい人で、日本の軍師=竹中半兵衛といってもいいくらいの存在です。
名作ゲーム「信長の野望」でも、「敵を欺く力」みたいな能力がめちゃくちゃ高く設定されています(100点満点中90点後半くらい)
当初は美濃(岐阜)の斎藤家に仕えていました。
軍師官兵衛の中でも紹介されていましたが、信長が美濃に攻め込んできた時も半兵衛のおかげで信長を撃退しています。
その後、主人(斎藤龍興)がアホすぎることに絶望し隠居生活に入りますが、秀吉の人徳に惚れ込み斎藤家を離れて秀吉の家臣となります。
半兵衛が離れてほどなく斎藤家は滅亡。
秀吉は半兵衛のおかげで順調に出世を続けます。
しかし、半兵衛には致命的な弱点がありました。
とにかく病弱
半兵衛=病弱というのが歴史好きの常識で、漫画などで半兵衛が登場するとだいたい咳をしています。
なので亡くなったのが35歳と非常に若い。
次に官兵衛と半兵衛の関係ですが、官兵衛にとっての半兵衛は「師匠&恩人」です。
半兵衛によって官兵衛は「軍師とはどういうものか」ということを学び(←書面で残ってるわけではありませんが)、半兵衛亡き後秀吉の軍師として活躍します。
そして、半兵衛は官兵衛の息子の長政(松坂桃李)の命の恩人でもあります。
ことの発端は官兵衛の兄貴分・荒木村重(田中哲司)の裏切り(信長を裏切った)。
この時の官兵衛は半兵衛と同じく秀吉の家臣でした。
しかし少し前まで小寺家の家臣だったので、信用してもらうために人質として息子の長政を秀吉に差し出していました。
で、兄貴分・荒木村重を信長側に引き戻すべく説得に向かった官兵衛。
なんと荒木村重に捕まって1年間牢屋に入れられます。
当然信長から見ると「官兵衛が裏切った」と見えますので、人質(長政)を殺せ!という命令が下ります。
しかし半兵衛は官兵衛が裏切っていないことを知っていたので、長政を殺したフリをして匿ってくれたのです。
それから程なくして半兵衛は亡くなります。
・・・と、いいことずくめの半兵衛ですが、実はどんな人だったのかよくわかっていないというのがホントのとこ見たいです。(実在の人物であることは記録に残っています)
エピソードも後世の作であるものが多く、書面として記録に残っているものは少ないようです。
秀吉があんなに出世したんだから、優秀な軍師がいたんじゃね?という推測から生まれた伝説の存在といってもいいでしょう。
軍師官兵衛ではどのように描かれるのか楽しみですね。
当分は官兵衛(岡田准一)を中心とした播磨国(兵庫県)の動向と、織田信長(江口洋介)の動向を描いていくようです。
官兵衛の未来の主人である秀吉(竹中直人)とそれを支える人たちもぼちぼち登場し始めています(蜂須賀小六(ピエール瀧)とか)。
で、第2話で登場した重要人物・竹中半兵衛(谷原章介)。
谷原章介さん
竹中半兵衛は後に官兵衛の師匠となる人物です。
竹中半兵衛はとにかく頭がいい人で、日本の軍師=竹中半兵衛といってもいいくらいの存在です。
名作ゲーム「信長の野望」でも、「敵を欺く力」みたいな能力がめちゃくちゃ高く設定されています(100点満点中90点後半くらい)
当初は美濃(岐阜)の斎藤家に仕えていました。
軍師官兵衛の中でも紹介されていましたが、信長が美濃に攻め込んできた時も半兵衛のおかげで信長を撃退しています。
その後、主人(斎藤龍興)がアホすぎることに絶望し隠居生活に入りますが、秀吉の人徳に惚れ込み斎藤家を離れて秀吉の家臣となります。
半兵衛が離れてほどなく斎藤家は滅亡。
秀吉は半兵衛のおかげで順調に出世を続けます。
しかし、半兵衛には致命的な弱点がありました。
とにかく病弱
半兵衛=病弱というのが歴史好きの常識で、漫画などで半兵衛が登場するとだいたい咳をしています。
なので亡くなったのが35歳と非常に若い。
次に官兵衛と半兵衛の関係ですが、官兵衛にとっての半兵衛は「師匠&恩人」です。
半兵衛によって官兵衛は「軍師とはどういうものか」ということを学び(←書面で残ってるわけではありませんが)、半兵衛亡き後秀吉の軍師として活躍します。
そして、半兵衛は官兵衛の息子の長政(松坂桃李)の命の恩人でもあります。
ことの発端は官兵衛の兄貴分・荒木村重(田中哲司)の裏切り(信長を裏切った)。
この時の官兵衛は半兵衛と同じく秀吉の家臣でした。
しかし少し前まで小寺家の家臣だったので、信用してもらうために人質として息子の長政を秀吉に差し出していました。
で、兄貴分・荒木村重を信長側に引き戻すべく説得に向かった官兵衛。
なんと荒木村重に捕まって1年間牢屋に入れられます。
当然信長から見ると「官兵衛が裏切った」と見えますので、人質(長政)を殺せ!という命令が下ります。
しかし半兵衛は官兵衛が裏切っていないことを知っていたので、長政を殺したフリをして匿ってくれたのです。
それから程なくして半兵衛は亡くなります。
・・・と、いいことずくめの半兵衛ですが、実はどんな人だったのかよくわかっていないというのがホントのとこ見たいです。(実在の人物であることは記録に残っています)
エピソードも後世の作であるものが多く、書面として記録に残っているものは少ないようです。
秀吉があんなに出世したんだから、優秀な軍師がいたんじゃね?という推測から生まれた伝説の存在といってもいいでしょう。
軍師官兵衛ではどのように描かれるのか楽しみですね。
軍師官兵衛 キャスト 生田斗真が演じる高山右近とはどんな人?
生田斗真さんが大河ドラマ「軍師官兵衛」で高山右近を演じるそうです。
イケメンですねー。
生田斗真さんが演じる高山右近はいまのところNHKのホームページにはまだ出ていません。
一般的にはあまりメジャーな存在ではありませんが、高山右近とはどんな人だったんでしょうか?
高山右近が拠点としたのは摂津国(大阪)。
高山右近はいわゆるキリシタン大名です。
キリシタン大名=キリスト教徒の大名です(念のため)
黒田官兵衛(岡田准一)もキリシタン大名ですので、キリスト教つながりで出番が多そうな高山右近。
というか、官兵衛は高山右近の働きかけでキリスト教の洗礼を受けたといわれています。
高山右近はもともと黒田官兵衛の「兄貴分」・荒木村重(田中哲司)に従っていました。
荒木村重もキリシタン大名です。
こうして見るとけっこうキリシタン大名、おおいですね。
荒木村重は当初織田信長(江口洋介)に従っていましたが、突如信長を裏切ります。
このとき高山右近は村重のもとを離れ信長につくことを決断。
荒木村重は信長に討伐され(←逃亡したので死んではいない)逃亡し、この後右近は信長に従います。
荒木村重が信長を裏切ったとき、高山右近は織田信長の元に戻るよう荒木村重の説得にあたっています(結果は失敗)。
同じくキリシタン繋がりで黒田官兵衛も荒木村重の説得にあたりますが、これも失敗。
官兵衛に至っては荒木村重に牢屋に入れられ監禁されます。
(1年後救出)
さてその後信長に従っていた右近ですが、本能寺の変が起こり信長が明智光秀に殺されます。
明智光秀は京都周辺を制圧。
右近にも味方になるように明智光秀から要請がありますが、右近はこれを拒否し羽柴秀吉(竹中直人)に従います。
かくして秀吉は明智光秀を倒し、天下統一に向け邁進していきます。
ここまで従う主君を正確にチョイスしてきた右近。
これで安泰と思いきや、突如秀吉はバテレン追放令を出し、キリスト教を禁止してしまいます。
官兵衛はここでキリスト教を棄てたといわれていますが、ほんとはどうなんでしょう?
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しかし右近はキリスト教に生涯を捧げることを決意。
当然秀吉に許してもらえませんので、領地を全て失い浪人になります。
その後加賀(石川県)の前田家に居候。
居候ながら西洋の文化に詳しく城を設計する能力が高かった右近は前田家では大事に扱われたようで、領地ももらっています(1万5千石)。
時代は豊臣家の天下から徳川家の天下となり、ついに「キリシタン国外追放令」がでます。
読んで字のごとく、キリシタンを国外に追放する法律です。
右近はこれに従い、日本を退去することにします。
加賀の人々は右近を引き止めますが、右近はマニラへ行くことに。
追放されたので暗いイメージがありますが、マニラでは熱烈な大歓迎を受けます。
しかし既に右近は62歳。
程なくして病気となり、そのまま亡くなります(享年64歳)
マニラでは街をあげて右近の葬儀を行ったといいます。
その後右近の家族は国外追放を解かれ、未だに日本には高山右近の子孫がいるんだそうです。
イケメンですねー。
生田斗真さんが演じる高山右近はいまのところNHKのホームページにはまだ出ていません。
一般的にはあまりメジャーな存在ではありませんが、高山右近とはどんな人だったんでしょうか?
高山右近が拠点としたのは摂津国(大阪)。
高山右近はいわゆるキリシタン大名です。
キリシタン大名=キリスト教徒の大名です(念のため)
黒田官兵衛(岡田准一)もキリシタン大名ですので、キリスト教つながりで出番が多そうな高山右近。
というか、官兵衛は高山右近の働きかけでキリスト教の洗礼を受けたといわれています。
高山右近はもともと黒田官兵衛の「兄貴分」・荒木村重(田中哲司)に従っていました。
荒木村重もキリシタン大名です。
こうして見るとけっこうキリシタン大名、おおいですね。
荒木村重は当初織田信長(江口洋介)に従っていましたが、突如信長を裏切ります。
このとき高山右近は村重のもとを離れ信長につくことを決断。
荒木村重は信長に討伐され(←逃亡したので死んではいない)逃亡し、この後右近は信長に従います。
荒木村重が信長を裏切ったとき、高山右近は織田信長の元に戻るよう荒木村重の説得にあたっています(結果は失敗)。
同じくキリシタン繋がりで黒田官兵衛も荒木村重の説得にあたりますが、これも失敗。
官兵衛に至っては荒木村重に牢屋に入れられ監禁されます。
(1年後救出)
さてその後信長に従っていた右近ですが、本能寺の変が起こり信長が明智光秀に殺されます。
明智光秀は京都周辺を制圧。
右近にも味方になるように明智光秀から要請がありますが、右近はこれを拒否し羽柴秀吉(竹中直人)に従います。
かくして秀吉は明智光秀を倒し、天下統一に向け邁進していきます。
ここまで従う主君を正確にチョイスしてきた右近。
これで安泰と思いきや、突如秀吉はバテレン追放令を出し、キリスト教を禁止してしまいます。
官兵衛はここでキリスト教を棄てたといわれていますが、ほんとはどうなんでしょう?
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しかし右近はキリスト教に生涯を捧げることを決意。
当然秀吉に許してもらえませんので、領地を全て失い浪人になります。
その後加賀(石川県)の前田家に居候。
居候ながら西洋の文化に詳しく城を設計する能力が高かった右近は前田家では大事に扱われたようで、領地ももらっています(1万5千石)。
時代は豊臣家の天下から徳川家の天下となり、ついに「キリシタン国外追放令」がでます。
読んで字のごとく、キリシタンを国外に追放する法律です。
右近はこれに従い、日本を退去することにします。
加賀の人々は右近を引き止めますが、右近はマニラへ行くことに。
追放されたので暗いイメージがありますが、マニラでは熱烈な大歓迎を受けます。
しかし既に右近は62歳。
程なくして病気となり、そのまま亡くなります(享年64歳)
マニラでは街をあげて右近の葬儀を行ったといいます。
その後右近の家族は国外追放を解かれ、未だに日本には高山右近の子孫がいるんだそうです。
大河ドラマ 軍師官兵衛 キャスト 徳川家康
軍師官兵衛のキャストについての記事です。
今回は徳川家康のキャストについてです。
徳川家康といえば、江戸幕府を開いたことであまりにも有名ですね。
軍師官兵衛の物語の中盤~後半にかけて登場することが予想されますが、果たしてキャストは!??
残念ながら現時点では徳川家康役は明らかにされていません。
個人的な予想では
堺雅人さん(半沢直樹効果と、もともとNHK出演多いし)
北大路欣也さん(とりあえず大物で)
あたりかなー
主人公の黒田官兵衛と徳川家康。
両者にはどのような関係があるんでしょうか?
実は2人の間にあまり接点はありません。
しかし、官兵衛の息子の長政(松坂桃李)は家康に惚れ込み、なにかと家康のサポートを行います。
関ヶ原の戦いで家康が勝利したのも、多くの武将を家康の味方に引き込んだ長政の活躍あってこそ。
しかしこの長政の活躍、官兵衛が喜ばなかったという説があります。
実は関ヶ原の戦いの際、官兵衛には
「徳川家康を倒し、自分が天下を取る!」
という野望があったといわれています。
対して長政。
「お父さん、ボク家康様にめちゃくちゃほめられましたよ!これで黒田家の将来は安泰です」
と報告にきた長政に対して官兵衛は
「なんで褒められたとき家康を殺さなかったんだ!おかげで天下を撮り損ねただろが!バカチンが!」
と叱りつけたといいます。
長政と官兵衛、軍師勘兵衛では屈折した親子関係が描かれるとのこと。
そんな父親への複雑な思いを抱える長政を取り込み、自分の野望を果たした家康(いいすぎですかね)・・・
この構図通りにドラマが展開するとなると、お父さんっぽくて腹の中が見えないみたいな人がキャスティングされるんでしょうかね。
キャストの発表を楽しみに待ちましょう!
今回は徳川家康のキャストについてです。
徳川家康といえば、江戸幕府を開いたことであまりにも有名ですね。
軍師官兵衛の物語の中盤~後半にかけて登場することが予想されますが、果たしてキャストは!??
残念ながら現時点では徳川家康役は明らかにされていません。
個人的な予想では
堺雅人さん(半沢直樹効果と、もともとNHK出演多いし)
北大路欣也さん(とりあえず大物で)
あたりかなー
主人公の黒田官兵衛と徳川家康。
両者にはどのような関係があるんでしょうか?
実は2人の間にあまり接点はありません。
しかし、官兵衛の息子の長政(松坂桃李)は家康に惚れ込み、なにかと家康のサポートを行います。
関ヶ原の戦いで家康が勝利したのも、多くの武将を家康の味方に引き込んだ長政の活躍あってこそ。
しかしこの長政の活躍、官兵衛が喜ばなかったという説があります。
実は関ヶ原の戦いの際、官兵衛には
「徳川家康を倒し、自分が天下を取る!」
という野望があったといわれています。
対して長政。
「お父さん、ボク家康様にめちゃくちゃほめられましたよ!これで黒田家の将来は安泰です」
と報告にきた長政に対して官兵衛は
「なんで褒められたとき家康を殺さなかったんだ!おかげで天下を撮り損ねただろが!バカチンが!」
と叱りつけたといいます。
長政と官兵衛、軍師勘兵衛では屈折した親子関係が描かれるとのこと。
そんな父親への複雑な思いを抱える長政を取り込み、自分の野望を果たした家康(いいすぎですかね)・・・
この構図通りにドラマが展開するとなると、お父さんっぽくて腹の中が見えないみたいな人がキャスティングされるんでしょうかね。
キャストの発表を楽しみに待ちましょう!
大河ドラマ 軍師官兵衛 キャスト 豊臣家
大河ドラマ軍師官兵衛のキャストに関する記事!
今回は豊臣家のキャストについてです。
主人公の官兵衛(岡田准一)と豊臣家は主従の関係で、豊臣家なしに官兵衛は語れません。
官兵衛の主人・豊臣秀吉にはまさかの竹中直人さんがキャスティングされ話題となりました。
大河ドラマ「秀吉」に出演してた頃の竹中さん
そのほかの豊臣家の人間のキャストですが、おね(秀吉の正室)が黒木瞳さんということはホームページにも掲載されていますが、そのほかの豊臣家の人々(淀殿 豊臣秀頼 豊臣秀長 他)については、キャストは発表されていません。
といっても、秀吉以外の豊臣家の人物は軍師官兵衛のなかでは全く重要ではないキャラなんですけどね。
秀吉の竹中直人さんですが、なにがすごいって第1話で信長に仕官を申し出るシーン。
このとき秀吉は10代くらいの設定なんですけど、50歳超えた竹中直人さんが全然違和感がないですね。
江口洋介さんの信長はなんか違和感ありましたけど。
ちなみに竹中直人さんの大河ドラマ「秀吉」の時の織田信長は渡哲也さんでした。
渋い。
ほんのちょっとだけですがこの時の渡哲也さんも若かりし頃の信長を演じていました。
渡哲也さんの若い信長は相当違和感ありましたけど(画像なし)
今回は豊臣家のキャストについてです。
主人公の官兵衛(岡田准一)と豊臣家は主従の関係で、豊臣家なしに官兵衛は語れません。
官兵衛の主人・豊臣秀吉にはまさかの竹中直人さんがキャスティングされ話題となりました。
大河ドラマ「秀吉」に出演してた頃の竹中さん
そのほかの豊臣家の人間のキャストですが、おね(秀吉の正室)が黒木瞳さんということはホームページにも掲載されていますが、そのほかの豊臣家の人々(淀殿 豊臣秀頼 豊臣秀長 他)については、キャストは発表されていません。
といっても、秀吉以外の豊臣家の人物は軍師官兵衛のなかでは全く重要ではないキャラなんですけどね。
秀吉の竹中直人さんですが、なにがすごいって第1話で信長に仕官を申し出るシーン。
このとき秀吉は10代くらいの設定なんですけど、50歳超えた竹中直人さんが全然違和感がないですね。
江口洋介さんの信長はなんか違和感ありましたけど。
ちなみに竹中直人さんの大河ドラマ「秀吉」の時の織田信長は渡哲也さんでした。
渋い。
ほんのちょっとだけですがこの時の渡哲也さんも若かりし頃の信長を演じていました。
渡哲也さんの若い信長は相当違和感ありましたけど(画像なし)
軍師官兵衛 キャスト 後藤又兵衛 どんな人?
軍師官兵衛の登場人物、後藤又兵衛のキャストについての記事です。
後藤又兵衛のキャストは・・・塚本高史さんです!!
「木更津キャッツアイ」などでもお馴染みの俳優さんですね。
現在31歳です。
塚本高史さんはわかるけど、後藤又兵衛って?という方も多いと思いますので、後藤又兵衛について簡単にまとめました。
・・・
当たり前ですが、後藤又兵衛は戦国時代の武将です。
もともと小寺政職(片岡鶴太郎)に仕えていましたが、主人を何度か変えて黒田家に仕えるようになります。
かなり戦上手だったようで、その豪傑っぷりは全国の大名の間でも有名だったようです。
黒田家でもその能力を発揮しますが、不幸にも官兵衛(岡田准一)の長男で後継の長政(松坂桃李)と非常に折り合いが悪く、結局黒田家から出ていくことになります。
松坂桃李さん
「後藤又兵衛=優秀な武人」というのは全国に知れ渡っていましたので、全国の大名から「又兵衛うちに来ない?」というオファーがあるんですが、その後又兵衛は別の大名家に仕えませんでした。
理由は黒田家への恩を感じていたから・・・・
ではなく
長政に邪魔されたから
です。
これは奉公構と呼ばれる措置です。
奉公構とは、元主人が(刑罰として)全国の大名に「この人を雇わないでね」ということを書面で知らせるもので、切腹の次に厳しい刑罰といわれています。
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又兵衛と長政はなぜこんなに仲が悪くなったんでしょうか?
理由①
戦で負けた長政が、官兵衛に詫びるために頭をツルッツルにしたのに又兵衛は「負けるたびにこんなA〇Bみたいなことやってたら髪の毛がなくなっちゃうよ」と言ってやらなかった。
ちなみに又兵衛は官兵衛に怒られなかった。
理由②
長政が敵と直接戦っているとき、「こんな敵に討たれるようならオレの主人失格」と、長政を助けなかった。
理由③
黒田家の陣中に虎が出現(!)したとき、又兵衛は虎を退治することに成功する。
しかし長政は又兵衛を「なんでこの大事な戦の最中に畜生(!)と戦ってんの!?」と叱りつけた。
理由④
又兵衛の息子が女性問題で黒田家をクビになった。
などなどいろいろな説があります。
浪人生活を続けた又兵衛は最終的に秀吉亡き後の豊臣家に召抱えられ、大阪夏の陣で奮戦の後討ち死にします(55歳)。
ドラマでは又兵衛は幼少の頃から官兵衛(岡田准一)に育てられ、官兵衛を父と慕う人物として描かれるようです。
それに対して長政(松坂桃李)は父に厳しく育てられ、父に認められようと必死に頑張るけれども、次第に親子関係が屈折していくという展開になる模様。
ドラマでも官兵衛と長政の親子関係がギクシャクするところに又兵衛が絡んでくるんじゃないでしょうかね。
それにしても
又兵衛・官兵衛・竹中半兵衛・母里太兵衛・母里小兵衛・・・
今回の大河ドラマ、いやに兵衛がつく登場人物がおおいです。
後藤又兵衛のキャストは・・・塚本高史さんです!!
「木更津キャッツアイ」などでもお馴染みの俳優さんですね。
現在31歳です。
塚本高史さんはわかるけど、後藤又兵衛って?という方も多いと思いますので、後藤又兵衛について簡単にまとめました。
・・・
当たり前ですが、後藤又兵衛は戦国時代の武将です。
もともと小寺政職(片岡鶴太郎)に仕えていましたが、主人を何度か変えて黒田家に仕えるようになります。
かなり戦上手だったようで、その豪傑っぷりは全国の大名の間でも有名だったようです。
黒田家でもその能力を発揮しますが、不幸にも官兵衛(岡田准一)の長男で後継の長政(松坂桃李)と非常に折り合いが悪く、結局黒田家から出ていくことになります。
松坂桃李さん
「後藤又兵衛=優秀な武人」というのは全国に知れ渡っていましたので、全国の大名から「又兵衛うちに来ない?」というオファーがあるんですが、その後又兵衛は別の大名家に仕えませんでした。
理由は黒田家への恩を感じていたから・・・・
ではなく
長政に邪魔されたから
です。
これは奉公構と呼ばれる措置です。
奉公構とは、元主人が(刑罰として)全国の大名に「この人を雇わないでね」ということを書面で知らせるもので、切腹の次に厳しい刑罰といわれています。
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又兵衛と長政はなぜこんなに仲が悪くなったんでしょうか?
理由①
戦で負けた長政が、官兵衛に詫びるために頭をツルッツルにしたのに又兵衛は「負けるたびにこんな
ちなみに又兵衛は官兵衛に怒られなかった。
理由②
長政が敵と直接戦っているとき、「こんな敵に討たれるようならオレの主人失格」と、長政を助けなかった。
理由③
黒田家の陣中に虎が出現(!)したとき、又兵衛は虎を退治することに成功する。
しかし長政は又兵衛を「なんでこの大事な戦の最中に畜生(!)と戦ってんの!?」と叱りつけた。
理由④
又兵衛の息子が女性問題で黒田家をクビになった。
などなどいろいろな説があります。
浪人生活を続けた又兵衛は最終的に秀吉亡き後の豊臣家に召抱えられ、大阪夏の陣で奮戦の後討ち死にします(55歳)。
ドラマでは又兵衛は幼少の頃から官兵衛(岡田准一)に育てられ、官兵衛を父と慕う人物として描かれるようです。
それに対して長政(松坂桃李)は父に厳しく育てられ、父に認められようと必死に頑張るけれども、次第に親子関係が屈折していくという展開になる模様。
ドラマでも官兵衛と長政の親子関係がギクシャクするところに又兵衛が絡んでくるんじゃないでしょうかね。
それにしても
又兵衛・官兵衛・竹中半兵衛・母里太兵衛・母里小兵衛・・・
今回の大河ドラマ、いやに兵衛がつく登場人物がおおいです。
軍師官兵衛の評判は?ナレーションの藤村志保さんは語り下手?
軍師官兵衛、第1話を終了!
YAHOO!ニュースではなにやらマイナスな記事が出回りました。
・「八重の桜」を下回る初回視聴率18.9%
・藤村志保のナレーションが不評!
視聴率についてはお正月の特番が多い中での放送でしたし、致し方ないでしょう。
大河ドラマの初回って自己紹介と、設定の説明で終わっちゃいますしね。
第1話では最後に主人公官兵衛が元服を済ませて岡田准一さんが登場。
岡田准一さん、比較的早い登場となりました。
今は小寺家(←誰?)VS赤松家(←誰?)というマイナー&ローカル大名の争いがメインですので、しばらくは我慢が必要な展開になるかもしれませんね。
それにしても片岡鶴太郎さん演じる官兵衛の主人・小寺政職はわかりやすく「アホな主人」でおもしろいです。赤鼻・チョビひげという出で立ちに惚れました。
ほんとにこんな人が主人だったら一気に家来たちが去っていくんじゃないでしょうか。
将来の官兵衛の主人である秀吉(竹中直人)と、そのまた主の織田信長(江口洋介)も初回から登場。
ローカルな話題だけだとつまらないので、華々しいところも絡めてというところでしょうか。
40代の江口さん演じる信長は10代にしては貫禄ありすぎです!
しかし50歳超えの竹中さんが演じる10代の秀吉にはなぜか違和感が全くなかったのが不思議です。
竹中さんは大河ドラマ「秀吉」では若い頃の泥臭い秀吉を熱演されていましたが、いまでもその演技は健在です。
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さて、今ちまたで話題になっているのは藤村志保さんのナレーションです。
「聞き取りにくい」「滑舌悪い」等のマイナス評価が多いようですが、藤村志保さんは語りが下手なんでしょうか?
藤村志保さんのナレーションは「大地の母」をイメージしているそうです。
うーむ。
「大地の母」ってなんだ?
制作側の説明だと、官兵衛の生まれ育った播磨国の大地が官兵衛を見守っているというイメージなんだそうです。
賛否両論(否が圧倒的に多いですが)あるナレーションですが、もしも視聴率に多大な影響を与えるとしたら交代なんてこともあるんでしょうか?
まさかの夏ばっぱ(宮本信子)登場も!?
YAHOO!ニュースではなにやらマイナスな記事が出回りました。
・「八重の桜」を下回る初回視聴率18.9%
・藤村志保のナレーションが不評!
視聴率についてはお正月の特番が多い中での放送でしたし、致し方ないでしょう。
大河ドラマの初回って自己紹介と、設定の説明で終わっちゃいますしね。
第1話では最後に主人公官兵衛が元服を済ませて岡田准一さんが登場。
岡田准一さん、比較的早い登場となりました。
今は小寺家(←誰?)VS赤松家(←誰?)というマイナー&ローカル大名の争いがメインですので、しばらくは我慢が必要な展開になるかもしれませんね。
それにしても片岡鶴太郎さん演じる官兵衛の主人・小寺政職はわかりやすく「アホな主人」でおもしろいです。赤鼻・チョビひげという出で立ちに惚れました。
ほんとにこんな人が主人だったら一気に家来たちが去っていくんじゃないでしょうか。
将来の官兵衛の主人である秀吉(竹中直人)と、そのまた主の織田信長(江口洋介)も初回から登場。
ローカルな話題だけだとつまらないので、華々しいところも絡めてというところでしょうか。
40代の江口さん演じる信長は10代にしては貫禄ありすぎです!
しかし50歳超えの竹中さんが演じる10代の秀吉にはなぜか違和感が全くなかったのが不思議です。
竹中さんは大河ドラマ「秀吉」では若い頃の泥臭い秀吉を熱演されていましたが、いまでもその演技は健在です。
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さて、今ちまたで話題になっているのは藤村志保さんのナレーションです。
「聞き取りにくい」「滑舌悪い」等のマイナス評価が多いようですが、藤村志保さんは語りが下手なんでしょうか?
藤村志保さんのナレーションは「大地の母」をイメージしているそうです。
うーむ。
「大地の母」ってなんだ?
制作側の説明だと、官兵衛の生まれ育った播磨国の大地が官兵衛を見守っているというイメージなんだそうです。
賛否両論(否が圧倒的に多いですが)あるナレーションですが、もしも視聴率に多大な影響を与えるとしたら交代なんてこともあるんでしょうか?
まさかの夏ばっぱ(宮本信子)登場も!?
軍師官兵衛 第2話のあらすじとネタバレ おたつに起こった悲劇!
今週は軍師官兵衛の第2話。
第2話のタイトルは「忘れえぬ恋」です。
第2話は官兵衛の初恋の相手、おたつ(南沢奈央)のお話です。
南沢奈央さん
軍師官兵衛での南沢奈央さんの画像があればよかったんですが、悪しからず・・・。
第2話「忘れえぬ恋」のあらすじ
元服した官兵衛(岡田准一)は初陣で敵の陽動作戦を見抜き手柄をあげます。
これを見ていた農民あがりの栗山善助(濱田岳)という青年が突然、官兵衛に仕官を願い出る。善助はこの後家臣として官兵衛を支えていきます。
依然としてライバル・赤松家の脅威が拭えない小寺家。
その不安を解消するべく、黒田家と同盟国である浦上家との間に政略結婚の話が持ちあがり、官兵衛の幼なじみ、おたつ(南沢奈央)が花嫁に選ばれます。
当然おたつに思いを寄せていた官兵衛は衝撃を受けるのですが・・・。
というのがNHKホームページに書いてあった第2話のあらすじです。
ネタバレしてしまうと おたつは嫁ぎ先で戦に巻き込まれて亡くなります。
官兵衛の心中いかばかりか・・・(涙)
しかし、この政略結婚。
ドラマではおたつが嫁いだことになっていますが、史実では嫁いだのは官兵衛の妹だったといわれています。
妹の名前は志織姫。
NHKが大河ドラマを作る際にこの事実を知らなかったとは思えませんし、志織姫が実在したかどうかは曖昧なのでしょう。
歴史書に残っていないところに演出を加えて面白くするのが時代劇の醍醐味ですからねえ。
志織姫(ドラマではおたつ)が亡くなった室山城があった兵庫県たつの市では、現在でも「八朔のひなまつり」というイベントが行われています。
「ひな祭り」ですが、8月開催です。
「たつの」だからネーミングが「おたつ」だったんでしょうか?
ちなみに「八朔と」は旧暦の8月1日のことで、別名は八朔節供、田実の節供です。
今年は軍師官兵衛効果で大賑わい間違いなし!?
第2話のタイトルは「忘れえぬ恋」です。
第2話は官兵衛の初恋の相手、おたつ(南沢奈央)のお話です。
南沢奈央さん
軍師官兵衛での南沢奈央さんの画像があればよかったんですが、悪しからず・・・。
第2話「忘れえぬ恋」のあらすじ
元服した官兵衛(岡田准一)は初陣で敵の陽動作戦を見抜き手柄をあげます。
これを見ていた農民あがりの栗山善助(濱田岳)という青年が突然、官兵衛に仕官を願い出る。善助はこの後家臣として官兵衛を支えていきます。
依然としてライバル・赤松家の脅威が拭えない小寺家。
その不安を解消するべく、黒田家と同盟国である浦上家との間に政略結婚の話が持ちあがり、官兵衛の幼なじみ、おたつ(南沢奈央)が花嫁に選ばれます。
当然おたつに思いを寄せていた官兵衛は衝撃を受けるのですが・・・。
というのがNHKホームページに書いてあった第2話のあらすじです。
ネタバレしてしまうと おたつは嫁ぎ先で戦に巻き込まれて亡くなります。
官兵衛の心中いかばかりか・・・(涙)
しかし、この政略結婚。
ドラマではおたつが嫁いだことになっていますが、史実では嫁いだのは官兵衛の妹だったといわれています。
妹の名前は志織姫。
NHKが大河ドラマを作る際にこの事実を知らなかったとは思えませんし、志織姫が実在したかどうかは曖昧なのでしょう。
歴史書に残っていないところに演出を加えて面白くするのが時代劇の醍醐味ですからねえ。
志織姫(ドラマではおたつ)が亡くなった室山城があった兵庫県たつの市では、現在でも「八朔のひなまつり」というイベントが行われています。
「ひな祭り」ですが、8月開催です。
「たつの」だからネーミングが「おたつ」だったんでしょうか?
ちなみに「八朔と」は旧暦の8月1日のことで、別名は八朔節供、田実の節供です。
今年は軍師官兵衛効果で大賑わい間違いなし!?
NHK 軍師官兵衛 原作
大河ドラマ「軍師官兵衛」始まりましたね!
第1回の放送では主人公(官兵衛)の幼少期が描かれ、最後に主演の岡田准一さん登場という例年の大河と同様の展開でした。
さて、軍師官兵衛ですが原作の小説は存在するんでしょうか?
答えはないです。
NHKホームページにも「よくある質問」への回答として掲載されていますが、軍師官兵衛は脚本家・前川洋一さんのオリジナル作品です。
というわけで、「NHK 軍師官兵衛 原作」は、ありませんでしたー。
・・・
だけで終わってしまうのは寂しいので主人公の黒田官兵衛の生涯を簡単にご紹介します。
黒田官兵衛は姫路(兵庫県)出身。
官兵衛が生まれ育った姫路城は後に大規模な回収が加えられ、現在では世界遺産となったあの姫路城です。
官兵衛は豊臣秀吉(竹中直人)のブレーンとして名高い人物です。
しかし、最初から秀吉の家来だったわけではなく、もともとは小寺政職(まさもと=片岡鶴太郎)の家来でした。
どうやら小寺政職=アホな主人として描かれる模様です。
官兵衛のお父さんの黒田職隆(もとたか=柴田恭兵)も小寺政職に仕えていました。
第1回の放送でも描かれていましたが、職隆への小寺政職の信頼は厚く(=あきらかに頼りすぎ)、職隆と官兵衛は、小寺家の重臣として、小寺家のライバル赤松家との戦いを通して手柄を立てていきます。
ときは流れ、官兵衛に決断の時がやってきます。
西からは毛利家、東からは織田家という2大勢力が官兵衛らがいる播磨国(兵庫県)に迫ってきたのです。
官兵衛は織田家のトップ:織田信長(江口洋介)の才能を高く評価。(アホ)主人の政職に織田家に味方するよう進言し、小寺家と黒田家は織田家に味方することになります。
かくして織田家は黒田家のいる姫路城まで到達。
官兵衛と職隆(柴田恭兵)は織田家に姫路城を提供し、(小寺家の家臣として)織田家に協力していきます。
このあたりで官兵衛は後の主人となる秀吉(竹中直人)と出会っていますが、まだ小寺家の家臣なので秀吉とは主従関係ではありません。
しかしここで黒田家にまた決断を迫られる事態が発生します。
官兵衛には荒木村重(田中哲司)という兄貴分がいました。
織田家に味方していた村重でしたが、なんと織田家を裏切って毛利家に味方したのです。
そしてなんと、官兵衛のアホ主人・小寺政職(片岡鶴太郎)も荒木村重に味方してしまいます!
信長(江口洋介)が「荒木家・小寺家殺せ!小寺家の家臣だから黒田家も殺せ!」というのは火を見るよりも明らか。
このままではまずい!と考えた官兵衛は、兄貴分・荒木村重を再度織田家に味方させるべく、村重のもとに説得に向かいます。
しかし、なんと村重は説得に来た官兵衛を牢屋に入れて監禁してしまいます!
その期間なんと1年。
官兵衛はこのときに足を悪くして、その後不自由な足での生活を余儀なくされます。
結局荒木村重は織田家との戦いに突入。
荒木村重は1年間の戦いを続けますが、最後は家来たちを城に残して一人で逃亡。
「城に残っていた人間は皆殺し」という命令を受けた織田軍に危うく官兵衛も殺されるところでしたが、黒田家家臣の栗山善助(濱田岳)に救出されます。
官兵衛の潔白(←織田家から見て)が証明された黒田家でしたが、アホ主人の小寺政職は織田家との敵対関係を続け織田家にボコボコにされます。
最後には政職は逃亡。
仕える主人がいなくなった黒田家は、織田家家臣の羽柴秀吉(竹中直人)の家来となります。
ここでようやく秀吉&官兵衛のコンビが出来上がるのです。
官兵衛の頭は冴え渡り、秀吉&官兵衛コンビは快進撃を続けて毛利家を西へどんどん追い詰めていきます。
しかしここでまたも大事件が発生!
なんと秀吉の主人の織田信長(江口洋介)が、秀吉の同僚の明智光秀に京都で殺されたのです。
かの有名な本能寺の変です。
織田家の主力部隊は各方面の最前線にいるので、京都はじめ織田家の領地の中心部は明智光秀が制圧。
もし毛利家に信長が死んだことがバレたら明智光秀と毛利家で挟み撃ちにあって全てが終わります。
なのに主人を失った秀吉は放心状態。
しかしここで官兵衛は秀吉に
「秀吉様、これは天下をとるチャンスです!毛利家には信長様が死んだことは内緒にして、すぐに京都に戻って明智光秀を倒しましょう!」
と進言をする大物ぶりを発揮します。
官兵衛の一言で秀吉も復活。
毛利家には信長が死んだこと隠しながら休戦協定を結んで、急ぎ京都に向かいます。
ありえないスピードで京都一番乗りを果たした秀吉の部隊は、意外と味方を増やすことができなかった明智光秀を倒すことに成功します。
織田家家臣の中での存在感が一気にアップした秀吉は
「信長様の後継者は、まだ幼いけど信長様の孫にしましょう」
と、他の家臣を押さえ込み、実質信長の後継者となります。
この模様は三谷幸喜監督の映画「清須会議」で描かれています。
信長が残した領地を実質受け継いだ秀吉。
そのまま順調に領地を広げて、日本全国を統一します。
本能寺の変の後も官兵衛は大活躍!
さぞ秀吉からすばらしいご褒美がもらえると思いきや、もらえたのは九州豊前国(福岡・大分あたり)に12万石だけ。
12万石は決して小さな領地ではありませんが、天下統一の功労者としてはあまりにも少なすぎます。
(徳川家康なんかはこの時点でウン百万石もらっています)
一般的にこのことは秀吉が官兵衛を恐れて大き領地を与えたくなかったからというのが理由とされています。
秀吉はある機会に「官兵衛に100万石を与えたら、天下は官兵衛にとられてしまう」と話したといいます。
しかし、天下をとって10年も経たないうちに秀吉は病で死んでしまいます。
秀吉には幼い息子しかいなかったので、秀吉に従っていながらも存在感抜群だった徳川家康(キャスト不明)が台頭。
家康の台頭を阻もうとする秀吉大好きで秀吉の奥さんからも信頼厚い石田三成(キャスト不明)VS家康の戦いが起こります。
世に言う関ヶ原の戦いです。
ここで全国の武将たちは家康につくか、三成につくかという究極の選択を迫られます。
官兵衛率いる黒田家は家康をチョイスします。
もともと官兵衛の息子・長政(松坂桃李)は家康が大好きだったので自然とそうなりました。
関ヶ原の戦いは岐阜で行われましたが、実はこのとき全国で家康派VS三成派で戦闘が起こっています。
長政は家康と同行して関ヶ原で戦いました。
一方黒田家の領地(大分あたり)にいた官兵衛も周辺の三成派との戦いを開始していました。
この時官兵衛は城の財宝を全て開放して人を集め、即席の大軍団を作り上げたといわれています。
突如現れた官兵衛率いる大軍団は、連戦連勝。
実はこの時官兵衛は、家康に味方するフリをしながら天下を狙っていたともいわれています。
三成派VS家康派の戦いは長期戦になる可能性も十分にありました。
家康と三成が戦っている間に九州を制圧 ↓ ヘトヘトになった関ヶ原の戦いの勝者に勝って天下をとる
というプランだったといわれていますが、結局関ヶ原の戦いは1日で終わってしまい、官兵衛の野望は夢のまま終わります。
息子の長政(松坂桃李)は関ヶ原で大活躍し、家康に褒められて領地も一気に増やしてもらいました。
長政はそのことを官兵衛に嬉しそうに報告するのですが、官兵衛は
「なんでお父さんの天下取りのために家康を殺さなかったの!?」
と、叱りつけたといいます。
ただ、この話は大正時代に書かれた本がソースらしいので、官兵衛が天下を狙っていた説は作り話の可能性もあります。
戦いを終えた官兵衛は1604年に59歳の生涯を閉じます。
「奥さん何人いても当たり前」という戦国時代に、生涯1人の奥さん光(てる 中谷美紀)を愛し続けた官兵衛でした。
第1回の放送では主人公(官兵衛)の幼少期が描かれ、最後に主演の岡田准一さん登場という例年の大河と同様の展開でした。
さて、軍師官兵衛ですが原作の小説は存在するんでしょうか?
答えはないです。
NHKホームページにも「よくある質問」への回答として掲載されていますが、軍師官兵衛は脚本家・前川洋一さんのオリジナル作品です。
というわけで、「NHK 軍師官兵衛 原作」は、ありませんでしたー。
・・・
だけで終わってしまうのは寂しいので主人公の黒田官兵衛の生涯を簡単にご紹介します。
黒田官兵衛は姫路(兵庫県)出身。
官兵衛が生まれ育った姫路城は後に大規模な回収が加えられ、現在では世界遺産となったあの姫路城です。
官兵衛は豊臣秀吉(竹中直人)のブレーンとして名高い人物です。
しかし、最初から秀吉の家来だったわけではなく、もともとは小寺政職(まさもと=片岡鶴太郎)の家来でした。
どうやら小寺政職=アホな主人として描かれる模様です。
官兵衛のお父さんの黒田職隆(もとたか=柴田恭兵)も小寺政職に仕えていました。
第1回の放送でも描かれていましたが、職隆への小寺政職の信頼は厚く(=あきらかに頼りすぎ)、職隆と官兵衛は、小寺家の重臣として、小寺家のライバル赤松家との戦いを通して手柄を立てていきます。
ときは流れ、官兵衛に決断の時がやってきます。
西からは毛利家、東からは織田家という2大勢力が官兵衛らがいる播磨国(兵庫県)に迫ってきたのです。
官兵衛は織田家のトップ:織田信長(江口洋介)の才能を高く評価。(アホ)主人の政職に織田家に味方するよう進言し、小寺家と黒田家は織田家に味方することになります。
かくして織田家は黒田家のいる姫路城まで到達。
官兵衛と職隆(柴田恭兵)は織田家に姫路城を提供し、(小寺家の家臣として)織田家に協力していきます。
このあたりで官兵衛は後の主人となる秀吉(竹中直人)と出会っていますが、まだ小寺家の家臣なので秀吉とは主従関係ではありません。
しかしここで黒田家にまた決断を迫られる事態が発生します。
官兵衛には荒木村重(田中哲司)という兄貴分がいました。
織田家に味方していた村重でしたが、なんと織田家を裏切って毛利家に味方したのです。
そしてなんと、官兵衛のアホ主人・小寺政職(片岡鶴太郎)も荒木村重に味方してしまいます!
信長(江口洋介)が「荒木家・小寺家殺せ!小寺家の家臣だから黒田家も殺せ!」というのは火を見るよりも明らか。
このままではまずい!と考えた官兵衛は、兄貴分・荒木村重を再度織田家に味方させるべく、村重のもとに説得に向かいます。
しかし、なんと村重は説得に来た官兵衛を牢屋に入れて監禁してしまいます!
その期間なんと1年。
官兵衛はこのときに足を悪くして、その後不自由な足での生活を余儀なくされます。
結局荒木村重は織田家との戦いに突入。
荒木村重は1年間の戦いを続けますが、最後は家来たちを城に残して一人で逃亡。
「城に残っていた人間は皆殺し」という命令を受けた織田軍に危うく官兵衛も殺されるところでしたが、黒田家家臣の栗山善助(濱田岳)に救出されます。
官兵衛の潔白(←織田家から見て)が証明された黒田家でしたが、アホ主人の小寺政職は織田家との敵対関係を続け織田家にボコボコにされます。
最後には政職は逃亡。
仕える主人がいなくなった黒田家は、織田家家臣の羽柴秀吉(竹中直人)の家来となります。
ここでようやく秀吉&官兵衛のコンビが出来上がるのです。
官兵衛の頭は冴え渡り、秀吉&官兵衛コンビは快進撃を続けて毛利家を西へどんどん追い詰めていきます。
しかしここでまたも大事件が発生!
なんと秀吉の主人の織田信長(江口洋介)が、秀吉の同僚の明智光秀に京都で殺されたのです。
かの有名な本能寺の変です。
織田家の主力部隊は各方面の最前線にいるので、京都はじめ織田家の領地の中心部は明智光秀が制圧。
もし毛利家に信長が死んだことがバレたら明智光秀と毛利家で挟み撃ちにあって全てが終わります。
なのに主人を失った秀吉は放心状態。
しかしここで官兵衛は秀吉に
「秀吉様、これは天下をとるチャンスです!毛利家には信長様が死んだことは内緒にして、すぐに京都に戻って明智光秀を倒しましょう!」
と進言をする大物ぶりを発揮します。
官兵衛の一言で秀吉も復活。
毛利家には信長が死んだこと隠しながら休戦協定を結んで、急ぎ京都に向かいます。
ありえないスピードで京都一番乗りを果たした秀吉の部隊は、意外と味方を増やすことができなかった明智光秀を倒すことに成功します。
織田家家臣の中での存在感が一気にアップした秀吉は
「信長様の後継者は、まだ幼いけど信長様の孫にしましょう」
と、他の家臣を押さえ込み、実質信長の後継者となります。
この模様は三谷幸喜監督の映画「清須会議」で描かれています。
【送料無料】清須会議 [ 三谷幸喜 ] |
信長が残した領地を実質受け継いだ秀吉。
そのまま順調に領地を広げて、日本全国を統一します。
本能寺の変の後も官兵衛は大活躍!
さぞ秀吉からすばらしいご褒美がもらえると思いきや、もらえたのは九州豊前国(福岡・大分あたり)に12万石だけ。
12万石は決して小さな領地ではありませんが、天下統一の功労者としてはあまりにも少なすぎます。
(徳川家康なんかはこの時点でウン百万石もらっています)
一般的にこのことは秀吉が官兵衛を恐れて大き領地を与えたくなかったからというのが理由とされています。
秀吉はある機会に「官兵衛に100万石を与えたら、天下は官兵衛にとられてしまう」と話したといいます。
しかし、天下をとって10年も経たないうちに秀吉は病で死んでしまいます。
秀吉には幼い息子しかいなかったので、秀吉に従っていながらも存在感抜群だった徳川家康(キャスト不明)が台頭。
家康の台頭を阻もうとする秀吉大好きで秀吉の奥さんからも信頼厚い石田三成(キャスト不明)VS家康の戦いが起こります。
世に言う関ヶ原の戦いです。
ここで全国の武将たちは家康につくか、三成につくかという究極の選択を迫られます。
官兵衛率いる黒田家は家康をチョイスします。
もともと官兵衛の息子・長政(松坂桃李)は家康が大好きだったので自然とそうなりました。
関ヶ原の戦いは岐阜で行われましたが、実はこのとき全国で家康派VS三成派で戦闘が起こっています。
長政は家康と同行して関ヶ原で戦いました。
一方黒田家の領地(大分あたり)にいた官兵衛も周辺の三成派との戦いを開始していました。
この時官兵衛は城の財宝を全て開放して人を集め、即席の大軍団を作り上げたといわれています。
突如現れた官兵衛率いる大軍団は、連戦連勝。
実はこの時官兵衛は、家康に味方するフリをしながら天下を狙っていたともいわれています。
三成派VS家康派の戦いは長期戦になる可能性も十分にありました。
家康と三成が戦っている間に九州を制圧 ↓ ヘトヘトになった関ヶ原の戦いの勝者に勝って天下をとる
というプランだったといわれていますが、結局関ヶ原の戦いは1日で終わってしまい、官兵衛の野望は夢のまま終わります。
息子の長政(松坂桃李)は関ヶ原で大活躍し、家康に褒められて領地も一気に増やしてもらいました。
長政はそのことを官兵衛に嬉しそうに報告するのですが、官兵衛は
「なんでお父さんの天下取りのために家康を殺さなかったの!?」
と、叱りつけたといいます。
ただ、この話は大正時代に書かれた本がソースらしいので、官兵衛が天下を狙っていた説は作り話の可能性もあります。
戦いを終えた官兵衛は1604年に59歳の生涯を閉じます。
「奥さん何人いても当たり前」という戦国時代に、生涯1人の奥さん光(てる 中谷美紀)を愛し続けた官兵衛でした。
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